ガンで亡くなった母と闘病を支えた父の交換日記

ガンで亡くなった母と闘病を支えた父の交換日記大人になり、結婚をして、子どもが生まれると多かれ少なかれ、自分の価値感は変わります。

また今までは自分中心だった生活が180度変わり、子ども中心になります。

慣れないことや思い通りに行かない育児に疲れている人も多いでしょう。

育児に疲れていない人なんていないかも知れません。子供にイライラしてすべて投げ出したくなることもあるでしょう。

でもどれだけイライラしたり、育児に疲れても、親にとって子供以上に大切なものはありません。

けれど普段の日常で、そんな事を感じる事は、そう多くはありません。そんな時に出会った「交換日記」という歌を紹介します。

「交換日記」という歌

この歌は幼少期に亡くなった母親と闘病を生活を支えた父親の交換日記がテーマの歌です。

ライナーノーツに交換日記に込められた想いが紹介されていました。

~交換日記とは:オトループ 纐纈悠輔~

20年前。

僕が10歳の時に他界した母。

彼女が、癌との闘病生活中に、父親としていた交換日記があります。 大人になってから偶然実家の車庫にて、埃を被っていたその日記を 見つけそれを読んだ時に初めて、子供の頃には解らなかった 母の想いを知ることになります。

そこには、 自分の両親よりも先に逝かなければならない悔しさ 父親をどれだけ深く愛しているかということ 自分のやりたいことがやれない葛藤 などが、ありのままの言葉で、赤裸々に綴られていました。

そして何より子供である 僕への掛け値なしの愛情が、 どのページにも溢れていました。

『 今日、悠輔が 「 冬 の漢字が分からない」 と言ってきたので、「 自分で考えなさい 」 と私は言った。いつか、そう遠くない未来に 私が助けてあげられなくなる時がくるから。 しばらくして様子を見に行くと、涙をためて漢字ドリルを見ていた。 』

この日記を読んだ時、涙が止まりませんでした。

自分が深く愛されていたことが分かり、10数年の時を超えて 優しく抱き締められた気がしました。

この曲は、その時僕が強く感じた、母親への感謝をありったけ込めた曲です。 たくさんの人の力を借りて、自分の想いをひとつの形にすることができました。

レコーディングには、父親からもらった、二人の出会いと別れを ずっと見守り続けてきたギターを使わせてもらいました。

多くの人に聞いて欲しい。

そして、家族の絆をもう一度見直すきっかけになれたら、 この上なく嬉しいです。

小さな頃に母を亡くして

10歳という年齢は幼少期の子どもと違って、「死」や「別れ」といった物事が分かる歳です。

友達には普通にお母さんがいて、家の帰れば「ただいま」といってくれる人がいる。お母さんが夕食を作ってくれる。

でも彼にはその「普通」や「当たり前」がなかった。

きっと「なんで僕だけ」「なんで僕のお母さんが病気なの」と何度も思ったと思います。

でも、同じように、きっとそれ以上に「小さな子を残していく」事に、悔しさや無念さ、悲しさが母親にもあったはずです。

「私が病気じゃなかったら」そう何度も、何度も、言葉には表すことが出来ない感情がそこにはあったと思うのです。

当たり前という幸せ

普段生活する中で、言うことを聞かない我が子に幸せを感じることなんてありません。

でもそんな時にたまにでいいので思い出して欲しいのです。

元気に遊ぶ子供の姿がある。一緒にお風呂に入る子供がいる。家族がいる。「当たり前がある」ということが、それだけで幸せなことだということ。

交換日記ぜひ一度聞いてみてください。きっと心に響くものがあるはずです。